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お寺にも「経営戦略の視点」が必要とされる背景とは

最近経営者の間で話題になるキーワードの一つに、「VUCA」というものがあります。これは「先行きが不透明で未来の予測がつきにくい」状態を表す言葉で、

V=Volatility:変動性

U=Uncertainty:不確実性

C=Complexity:複雑性

A=Ambiguity:曖昧性

の頭文字をつなげて作られた造語です。情報技術やネットワークの進展、過去にない感染症の拡大、働き方や勤務形態の概念の変化など、様々な理由からビジネス環境が大きく変わり、これまでの常識が通用しなくなってきました。こうした状況を総称して「VUCAの時代」と呼んでいるのです。

このような時代背景から、ビジネスの現場では洋の東西、規模の大小を問わず、過去の成功体験にとらわれないイノベーション(変革)が重要視されるようになっています。

当然のことながら、お寺は企業とは違います。商店や企業は顧客に商品やサービスを提供し、その対価として利益を得ることを生業とするものです。一方、お寺は部分的にはそうした側面も持ちますが、地域における仏法の拠点として、近隣に暮らす人々の生活に深くかかわっていく存在です。そして精神面での支え役となり、歴史や文化を伝える役割を担っていきます。

ただ、世の中全体が移りゆくスピードをあげており、檀家さんをはじめとする地域の人々の意識や環境もまた大きく変化しているのは事実です。そのようななかで、寺院だけが「私たちはビジネス=商売ではないのだから」と鷹揚に構えていると、時代の変化に気づかずいつの間にか孤高の存在になっていた、という事態にならないとも限りません。

今回はあえてビジネスのトレンドをからめながら、「お寺にも経営戦略の視点が必要とされる背景」を解説します。

「経営」という言葉の誤解を解く

「経営」というと、どうしても「利益を追求するための事業」「ビジネスでお金を稼ぐ方法論」のような印象を持たれる方もいらっしゃると思います。しかしその語源を紐解くと、古代中国で土木建築を行う際に行われた測量から設計、建設に至るプロセスを表したという説や、あるいは菩薩に至る道(経)に向かって日々を営む行為だとする「仏教用語語源説」まであるのです。 

少なくとも経営とは、「ある目的を達成するために、全体と細部を注意深く管理・運営すること」であるのは間違いありません。

わが国において企業や社会の目的は、時代と共に変わってきました。第二次世界大戦が終わった後は、人々の生活を立て直すための復興が大きなテーマでした。復興が成り高度成長期に入ると、より良い暮らしを目指し物質的な豊かさを求めるようになりました。

そして現在、企業は単なる利益追求の態度を越えて、「自分たちは何のために存在するのか(パーパス)」「社会に対しどのような貢献を果たすのか」を意識し、地球全体という大きな環境の中でサステナブル:持続可能な社会を形成していくことで、対価を得つつ社会と共存することを表明するようになっています。
これは企業だけでなく、私たち一人ひとりが生きていくうえで考えざるを得ない、哲学的な問題でもあります。日々の生活の中で自らの存在をどのようにとらえ、どう自分を律し精神性を高めていくのか。これは本来「宗教」が担ってきた課題でした。混迷の現代にあって人々が何に悩み、お寺はその悩みや課題にどう寄り添っていき、どのような存在であるべきか。そこには当然、精神性だけでなく生活という「俗」の要素も大きく関係してきます。

いまお寺が意識すべきことは、現代に暮らす人々とどのような関係性を築いていくのか、その存在意義を改めて再確認し、人々の要求(ビジネス用語でいうところの”ニーズ”)にどう応え、社会の中で共に存続していくのか、という点ではないでしょうか。

現実問題としての経営戦略の必要性

もうひとつ、「俗」としての視点から、お寺の経営戦略が必要な理由を述べていきましょう。

わが国においてお寺は、上代に大陸から伝来して以降、江戸時代の檀家制度や明治期の廃仏毀釈などを経ながら、人々の暮らしと密接な関係を保ってきました。全国どこの街に行ってもお寺があり、お墓が作られ、仏さまが拝まれています。長い間当たり前のように思われてきたこの風景が、しかしいくつかの要因から失われてしまう危険性が生じているのです。

少子高齢化による「家」の減少

まず指摘されるのは、檀家制と深い関連を持つ「家」概念の変化です。少子高齢化社会の進展は、家を受け継いで次世代につなぐ連環を少しづつ狭めています。お墓を継承し守る子供がいなければ、その管理や法要などを執り行うことができません。また代々続いた家の歴史を重視し、ご先祖様のいるお寺やお墓を護持しようというモチベーション(動機付け)も、家父長の力が強かった従来に比べ薄まっています。「家」という概念よりも、「個」としてのアイデンティティが優先される時代だからです。

地域コミュニティの変化、過疎化

昭和の時代の地方都市は、まだ元気で活気がありました。人々の生活は地域に根差し、近隣の中核都市に車や電車で出かけ、地元の学校に通い、通勤していました。徒歩圏内にあるお寺にお墓を建て、お詣りし、亡くなればそこに入っていました。

やがて人口は大都市に集中し、地域から子供が減り、高齢者が目立つようになり、人口も戸数も減少していきました。かつては盛んに行われていた地元の運動会や自治会活動も、それに伴い縮小していきます。観光地以外では用もなくお寺を訪ねる人もいなくなり、300件といわれる檀家の損益分岐数を維持すること自体が、地域によっては困難になっているのです。

その一方で、人口密集地では「お墓を建てたいが場所がない」、あるいは先行き不透明な経済状況下で「お墓が買えない」という層もまた、少なくないのが現状です。

地域のコミュニティに変わるものとして出現しているのが、Twitterやフェイスブックといった電子ネットワーク上に形成されるSNSです。これらは個人と個人の距離間隔を変えましたが、似た考えの者同士が集まる傾向が強く(エコーチェンバー現象と呼ばれます)、自分と異なる立場を理解しづらい要因にもなっています。SNSでは「坊主丸儲けで、宗教法人は優遇されている」という誤解がなかなか解消されず、むしろ拡散される場合もありうるわけです。

生活スタイルや価値観の変遷

以前は節目ごとに法要を執り行い、一族親類が直に顔を合わせる機会が何度もありました。しかし少子化で親戚の数が減り、居住地も分散が進むに連れ、冠婚葬祭などのイベント自体が簡略化されるようになっています。

さらにはコロナを起因とする感染症対策で三密を敬遠する傾向が強まり、法事や葬儀の機会が少なくなっています。

また顧客を第一に考えるビジネス社会の変化は、消費者にとって望ましい状況を形成しましたが、そうしたビジネスモデルに慣れた人々は旧来の「お布施」や「戒名代」「供養料」「檀家年会費」といった、お寺に関わる費用に対し疑問を持つようにもなっています。お寺でなく民間経営の霊園や、樹木葬、家族葬などを選ぶ人も増えてきました。

寺院経営を変革する新たな要素

もちろん、時代と共にうつろう環境の変化は、マイナスの面ばかりではありません。その点では企業が一歩先を歩んでおり、様々な事例を参照することができるでしょう。

例えば遠隔でのコミュニケーションを拡充させるリモート技術は、法要に直接参加できない人々も疑似的に一堂に集められる可能性を持っています。小売の業態が川上・川下の事業者と組んでサプライチェーン全体で利便性を向上させたり、トレーサビリティ(追跡履歴)を提供したりするように、寺院も葬祭事業者や石材店、行政や公共施設と協働・協業を図り、より地域のため、檀家さんのためにサービスを向上させる余地が十分あります。

情報発信の面では、コンテンツマーケティングといってユーザーの役に立つ情報を積極的にwebサイトで配信し、ネット集客に資する手法が企業のみならず自治体、NPOなどにも取り入れられています。「ブロックチェーン」と呼ばれる新しいネット上の技術が最近話題ですが、ここから、ダオ:DAO(Decentralized Autonomous Organization:分散型自立組織)という次世代型の共同体の概念も提唱されています。DAOを活用したヴァーチャル型寺院の可能性を見出すこともできるかもしれません。

また組織の内部ではなく、異なる領域の外部組織同士がリソース(人や技術などの資源)を組み合わせ、革新を果たそうとする手法(オープン・イノベーションと呼ばれます)も盛んになっており、飛躍や発展が期待されています。

このコラムでは今後、そうした「経営戦略」の視点から、寺院を中心とした次世代コミュニティのあり方を模索していこうと考えています。どうぞ皆様のご参考にしていただき、またご意見などをお寄せいただければ、と思います。


この記事を書いた人

Masahiko Oishi

プロフィール

CI・ブランディング会社の企画調査室長を経てフリーのライターに。
自社開発のフェアトレード、エシカル商品販売業との2足のワラジ。
小学生の時、自由研究で地元の全寺院を調査。
中学生の時、玉虫厨子に魅せられ仏教美術に目覚める。
高校生の時は郷土研究部部長、大学では民俗学を専攻。

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