
本コラムにおける連載企画「ブランディングのプロが解説、新時代のお寺ブランディング」の第一回目で、「お寺に経営戦略の視点が必要とされる背景」について述べました。覚えておいででしょうか。
そこでは、先行きが不透明で未来の予測がつきにくい「VUCA」と呼ばれる現代にあって
・少子高齢化による「家」の減少
・地域コミュニティの変化、過疎化
・生活スタイルや価値観の変遷
など寺院を取り巻く環境の変化が起こっていること、そしてお寺といえども経営の視点を持つことが重要であることについて解説しました。
檀家さんとの結びつき、ご縁を大切にしてきた多くのお寺にとって、引き続き難しい時代が続いています。この記事では、いまお寺に求められている経営的な視点、寺院経営というものをどのような角度からとらえれば良いのかについて、
1.コンサルティング会社によるアプローチ
2.大学研究者によるアプローチ
3.寺院自身によるアプローチ
の事例を紹介してみようと思います。
1.コンサルティング会社によるアプローチの事例
株式会社ON THE TRIPは、寺院や神社、美術館などに所蔵されている文化財や街の物語を、地図上のマッピングとリンクさせてスマホアプリで提供するオーディオガイド制作会社です。
同社は京都市などと連携し、数多くの寺院・堂宇のプロデュースを行ってきました。そのうちのひとつ、天台宗の三千院にある往生極楽院は、舟底型の天井と国宝の阿弥陀三尊像で知られる簡素で美しい御堂です。同社はこの往生極楽院のオーディオガイドを制作するにあたり、その空間が持つ意味と価値を掘り下げました。
堂内には来迎印を結ぶ阿弥陀様と脇侍の観世音菩薩・勢至菩薩を中心に、天女や諸菩薩の姿が極彩色で描かれており、極楽浄土の姿を再現しているといわれます。長い歴史の間に多くの人々がここで来世を思い、祈ることを積み重ねてきた場所なのですが、これまではそのことについてあまり発信されてこなかったそうです。
そこでON THE TRIPは「浄土=未来に祈る」をテーマとしてオーディオガイドを制作すると共に、現代の参拝者たちに未来を考えてもらうための体験をデザインすることにしました。それが「3年後の自分に宛てた手紙」です。オーディオガイドで過去の三千院を追体験した後、最後に畳の部屋に座して具体的にイメージがしやすい3年後の未来を想定し、自分宛に手紙を書く。その手紙をお守り袋に入れて、持ち帰ってもらう企画です。
ただ一瞬の中に、三千もの思いが存在する。そうした三千院、往生極楽院の精神的価値を体験に結び付け、ここでしか得られない、ここで得ることに意味をもたらすものとして企画された「3年後の自分に宛てた手紙」。古い歴史や美術史的価値を持つ寺院だけでなく、どんなお寺にも創建の由来や寺号・山号に込められた意味、地域との結びつきを物語る逸話が残されているものです。それらを丁寧に紐解き、現在に生きる人々との新たな関係性づくりに活かす発想が、お寺の経営に新風を吹き込んでくれるかもしれません。
2.大学研究者によるアプローチの事例
東洋大学現代社会総合研究所の中村久人氏は、2018年に「日本の寺院と経営学―寺院再生の経営学的考察―」という論考を「現代社会研究」誌の15号に発表しました。この論考で中村氏は、「非営利組織の経営の観点からわが国寺院の経営改善策について考察・分析」しています。
まず先行する研究から、「伝統仏教の教育体系においてほとんどの宗派で寺院経営に関する教育が組み込まれていない」点を課題として導き出しました。
そして、SWOT分析やアンゾフのマトリクスなど、本コラムでも言及しているような経営学・マーケティング理論を紹介し、寺院にも「経営」の考え方を取り入れなければならないことを強調しています。
寺院の外部ステーク ホルダーとして檀家、総本山、同宗派の寺院、信徒、遺族、行政機関、地域 社会、葬儀社、石材店・花屋・仕出し店、内部には住職以外の家族や寺社内の僧侶、事務職などを定義。そして、次の3つの経営革新事例を掲げました。
1)長野県松本市の臨済宗神宮寺・高橋卓志住職の提唱
・人の出入りを多くする
・法要のやり方を変える
・面白ければ寺院は変わる
・人々のニーズを受け入れる
2)福岡県にある浄土真宗本願寺派寺院の水月昭道住職による提言
・家族運営が破綻を呼ぶ。
・法人という視座の必要性
・寺一本でも食っ ていける住職雇用制度の実現
3)埼玉県熊谷市の曹洞宗見性院・橋本英樹住職の改革に向けた取り組み
・お布施の強要を前提とした『寺檀制度』の見直し
・固定化された『本末制度』」の見直し
そして最後に、「寺院再生のために一番重要なことは、寺院や住職の社会に対する明確な使命やビジョンを確立することであろう」と結んでいます。
日本仏教の沿革と寺院の危機の現状をコンパクトに整理し、寺院経営再生の方策を経営戦略的に検討した試みとして、一読をお勧めしたい論考です。
東洋大学学術情報リポジトリ (nii.ac.jp)よりダウンロードできます
3.寺院自身によるアプローチ
最後に紹介するのは、メディアでも話題になったので既にご存じの方も多いかと思いますが、築地本願寺宗務長(2022年10月より京都本願寺執行長)の安永雄玄氏の事例です。
安永氏は、築地本願寺の宗務長就任に際し「誰でも入りやすい、入りたくなる理由のある『開かれたお寺』」になることを目標に掲げ、これまで『縁』の無かった人への伝道布教につながる施策」を展開しました。
具体的には、
・境内地下に、「合同墓」という過去の宗教宗派を問わず誰でも入れるお墓を設置
・銀座の中央通り沿いのビル内に「築地本願寺GINZAサロン」を開く
・浄土真宗の教義を「尊重」(「信じる」までいかなくてもかまわない)人向けの無料会員組織「築地本願寺倶楽部」を設立、ワンストップで終活サポートを提供
・人生全般に寄り添うお寺であろうと「築地の寺婚」という結婚相談サービスを開始
・隣の築地場外市場から仕入れたTsukiji本願寺カフェを開店。仏具や雑貨900点をそろえたショップ、ブックセンター、インフォメーションを併設。
・若手職員が率先してオンラインを活用した法話などの配信を企画
これらの施策が功を奏し、新型コロナウイルスが拡がる以前には年間参拝者が5年で2倍になったのです。
安永氏は、「文化庁の統計では、なんらかの宗教の信者だと言っているのは成人人口の30~40%。そういう中で今現在お寺に縁のない6~7割の人に、いかにしてご縁をつくるか。そしてその1割から2割の方々に帰属意識を持ってもらい、門徒、信者になってもらう道筋を付けるか。そこが私に課せられたミッションです」と語ります。
そして京都本願寺執行長への就任記者会見では、『門信徒創造のためのイノベーション』の必要性を強調しました。
・寺が置かれている現状分析を行う
・寺として最適な「個人へのアプローチ方法」を見つける
・Webやクラウドなど今の時代に合わせて、様々なツールを使いこなして新たな伝道布教を行う
・CRM(顧客管理)システムの導入、各種IT化、情報発信の強化、財政の見直しなど
これらの改革に対し、「あれは本願寺さんだからできた」「大寺院だからてできた」という声も聞かれます。
しかし規模の大小にかかわらず、本連載企画の2つ目「新時代のお寺ブランディング-02 戦略フレーム研究・SWOT分析」でも述べたように、お寺を取り巻く環境要因(S:強み、W:弱み、O機会、T:脅威)をよく見極め、それをプラスの方向に転じていく方法論はどんな組織においても有効です。今回ご紹介した「コンサルティング会社によるアプローチ」「大学研究者によるアプローチ」「寺院自身によるアプローチ」のいずれも、わが寺の持つ無形・有形の資源をもう一度見つめなおし、ステークホルダーに歩み寄り、また近づいてもらえるための工夫を考え抜いて実施されたものだと考えます。
どうぞこれらの事例を皆様のお寺の場合に移し替えて、未来のあるべき姿を思い描いてください。
https://president.jp/articles/-/34351
「選ばれる本願寺に」~本願寺執行長就任記者会見~ | 宗教法人 本願寺のプレスリリース (prtimes.jp)
この記事を書いた人

Masahiko Oishi
プロフィール
CI・ブランディング会社の企画調査室長を経てフリーのライターに。
自社開発のフェアトレード、エシカル商品販売業との2足のワラジ。
小学生の時、自由研究で地元の全寺院を調査。
中学生の時、玉虫厨子に魅せられ仏教美術に目覚める。
高校生の時は郷土研究部部長、大学では民俗学を専攻。















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