【認知症と寺院】正そうとせず、安心を届ける関わり方
同じ質問が繰り返される、法要の日時が分からなくなる、亡くなった家族を探す。認知症の人と接した時、周囲は事実を正しく伝えようとして、何度も訂正したり、記憶を試したりしがちです。しかし、本人にはそのたびに不安や喪失を突き付けることがあります。寺院の役割は診断や治療ではありません。長く
同じ質問が繰り返される、法要の日時が分からなくなる、亡くなった家族を探す。認知症の人と接した時、周囲は事実を正しく伝えようとして、何度も訂正したり、記憶を試したりしがちです。しかし、本人にはそのたびに不安や喪失を突き付けることがあります。寺院の役割は診断や治療ではありません。長く
境内清掃、封入、発送準備、行事備品の整備、軽作業など、寺院には地域の仕事になり得る業務があります。障害者就労支援事業所と連携すれば、寺院の人手不足を補いながら、地域で働く機会を広げられます。しかし、『福祉だから安くお願いする』『善意で場所を貸す』という始め方では、作業の質、安全、
孤独は、ひとりでいる時間の長さだけでは測れません。人に囲まれていても、自分の話をしてよい場所がない、助けを求めるほどではないが毎日が重い、という状態があります。寺院には、学校、職場、病院、行政窓口とは違い、用件や資格がなくても立ち寄れる余白があります。ただし、門を開けて「いつでも
寺院マルシェは、ふだん寺院に入る機会のない人が山門をくぐる入口になります。飲食、手仕事、音楽、子どもの体験が加われば、法要とは異なる空気で地域と出会えます。ただし、人が集まったことと、ご縁が生まれたことは同じではありません。出店者だけが記憶に残り、寺院の存在が背景になれば、境内を
境内の大木は、落ち葉の掃除や剪定費用、倒木事故への備えを考えると、寺院にとって重い管理対象です。しかし猛暑と都市化が進む今、その木々は景観以上の役割を担っています。木陰をつくり、夜間の蓄熱を抑え、生き物の居場所を守る寺院の緑は、地域全体の環境資産です。 この記事を読めば、以下のこ