
お寺様が日々何気なく筆を走らせている卒塔婆。実は、手にした瞬間の「軽さ」や、墨を入れたときの「書き心地」「にじみにくさ」、そして時間が経っても「反りにくい」といった性質は、すべて木材の性質や、丸太からどのように切り出されたか(木取り)によって決まります。
また、屋外に長く建てる大型の角塔婆に見られる「切れ込み(背割れ)」や、材質による色の違いにも、すべて科学的な根拠と先人たちの知恵が詰まっています。
今回は、明治15年の創業以来、東京の日の出町で卒塔婆を作り続けてきた「卒塔婆屋さん(有限会社谷治新太郎商店)」の目線から、お寺の実務やこれからの木材選びに役立つ「卒塔婆の木材科学」を分かりやすくお届けします。
この記事を読めば、以下のことが分かります。
- 卒塔婆の「書き心地」や「反りにくさ」を決める、木材の性質と木取り(柾目・板目)の違い
- 見た目重視の「白太(辺材)」と、耐久性重視の「赤太(芯材)」の正しい使い分け
- 長期間保管した卒塔婆の表面が凸凹して書きにくくなる理由と、それを防ぐコツ
- 角塔婆や墓標のひび割れを防ぐ「芯去り材」と「背割れ加工」のメリット・デメリット
- モミ、白松、スプルース、多摩産杉など、現在使われている主要な材質の特徴・スペック一覧
- ウッドショックや円安を乗り越え、環境負荷を抑える「多摩産杉の卒塔婆」への新しい取り組み
1.木の生命力と「年輪」がもたらす影響
卒塔婆の性質を知るためには、まず「木がどのように育つのか」という基本を知ることが近道です。
① 木の成長と「赤太」「白太」の使い分け
木は根本から水分や養分を吸い上げながら、垂直方向には円錐状に高く、水平方向には同心円状に太く成長します(タケノコをイメージすると分かりやすいですが、実際はほとんど筒状に近くなります)。

丸太の切り株を見ると、中心部が赤みを帯び、樹皮に近い外側が白っぽくなっているのを見たことがあるかと思います。
- 赤太(芯材): 丸太の中心部。木が成長するにつれて細胞としての役目を終え、樹脂成分が固まって「木の骨格」のように硬くなった部分です。水分を通さないため腐食や害虫に強く、住宅の柱や、耐久性が求められる大型の角塔婆・墓標に使用されます。
- 白太(辺材): 樹皮に近い外側の若い細胞。水分や養分を運ぶ役割があるため柔らかく、軽量です。虫食いには弱いですが、節が少なく「色が白い」ため、卒塔婆や木札、建具など、強度はそこまで必要なく「見た目の美しさ」が重視される製品に最適です。

※なお、卒塔婆の主流である「モミ」は全体が均一に白いのが特徴ですが、「杉」は赤白がはっきり分かれており、板にした際に紅白になることから「源平(げんぺい)」と呼ばれます。
② 表面が凸凹する原因:「早材」と「晩材」
年輪をよく見ると、色の薄い部分と濃い部分が交互に並んでいます。
- 早材(春材): 春に急成長する色の薄い部分。成長スピードが早いため、密度が低く柔らかいのが特徴です。
- 晩材(夏材): 夏から秋にかけてゆっくり育つ色の濃い部分。細胞壁が厚く、密度が高くて硬いのが特徴です。

【重要】時間の経過で書き心地が損なわれる理由 卒塔婆を長期間保管していると、水分が抜けるスピードが早い「早材(柔らかい部分)」が先に痩せていきます。その結果、表面に目に見えない微細な凸凹が生じ、筆の引っかかりなど「書き心地」が損なわれてしまいます。滑らかな書き味をキープするためには、木材内部の水分量を一定に保ち、できるだけ早く使い切ることが大切です。
③ 生育環境による年輪の歪み(針葉樹と広葉樹の違い)
理論上、年輪はバウムクーヘンのように綺麗な同心円になるはずですが、実際の丸太は中心がズレています。日本は山の斜面に木が生えることが多いため、木は傾かないように自ら「踏ん張って」大きくなります。

- 針葉樹(モミ・スギなど): 斜面の下側(背)の成長スピードを早め、下から支えるように太くなるため、斜面下側の年輪が広くなります。

- 広葉樹(サクラ・ケヤキなど): 斜面の上側(腹)を成長させ、斜面上側に引き上げるように踏ん張るため、斜面上側の年輪が広くなります。
2.丸太の「木取り」と卒塔婆に適した「柾目(まさめ)」
1本の丸太から角材や板材を切り出すことを「木取り(きどり)」と呼びます。現在はコンピューターを用いて無駄なく切り分けられますが、この切り方によって卒塔婆の「反りにくさ」が劇的に変わります。
① 板材の切り方:柾目と板目
柾目(まさめ)
- 特徴: 丸太の中心(芯)を通るように縦に切り出します。表面の木目がまっすぐ縦に揃うため、見た目が非常に美しいです。また、調湿作用による「反り」に非常に強いのが最大のメリットです。ただし、丸太から取れる量が限られる(歩留まりが悪い)ため、コストは高くなります。
- 用途: 卒塔婆、木札、かまぼこの板など。
- ※卒塔婆は幅が9cm前後に収まるものが多いため、柾目でも比較的綺麗に切り出すことができます。

板目(いため)
- 特徴: 丸太を平行に連続して切り出します。表面には指紋のようなタケノコ状の木目が現れます。丸太の端から端まで無駄なく使えるためコストを抑えられ、丸太の直径をフルに活かした幅広い板が取れます。しかし、ドーム状の年輪になるため、乾燥すると樹皮側(木表)が凹むように「反りやすい」という欠点があります。
- 用途: テーブル、住宅の床材など。


追柾目(おいまさめ)
- 特徴: 柾目と板目の中間に位置する切り方です。柾目の整然とした雰囲気と、板目の柔らかい表情を兼ね備えています。

3. 角材の木取り:「芯去り材」と「芯持ち材(背割れ)」
角塔婆や墓標に使う「角材」も、丸太のどの部分から取るかで性質が180度異なります。

① 芯去り材(しんさりざい)
- 特徴: 丸太の中心(芯)を避けて、周辺部分から切り出した角材です。木の芯が入っていないため、乾燥しても狂いが少なく、ひび割れが起きにくいのが特徴です。ただし、太い角材を取るためにはその倍以上の直径を持つ巨大な丸太が必要になるため、非常に希少で高価になります。
- 当店のこだわり: 「卒塔婆屋さん」がサイトで通常扱っている4寸角までの角塔婆・墓標には、この「芯去り材」(カナダ産ツガ/バルサムファー)を使用しています。そのため、後述する「背割れ加工」の必要がなく、寸法が狂いにくく美しい状態を維持できます。

② 芯持ち材(しんもちざい)と「背割れ加工」
- 特徴: 丸太の中心(芯)を含んだまま切り出した角材です。丸太の太さをそのまま活かせるため、太くて立派な角材(5寸角以上など)をリーズナブルに切り出すことができます。しかし、そのまま乾燥させると十中八九、不規則で大きなひび割れや寸法の狂いが生じてしまいます。
- 背割れ加工とは: 芯持ち材の割れを防ぐため、あらかじめ人工的に中心近くまで一本の切れ込みを入れておく伝統技法です。木材が乾燥収縮する際、この溝が「遊び」となって縮みを吸収するため、他の面が割れるのを防ぎます。
- 5寸角以上の角塔婆について: 当店でお取り扱いする5寸角以上の大型角塔婆は基本的にこの「芯持ち材」となります。文字が書けるよう、職人が背割れ部分を丁寧に埋める加工を施していますが、長期間屋外に建てる場合は、経年劣化で埋木が外れることがあるため注意が必要です。

4. 【材質一覧】卒塔婆に使われる主要な樹種スペック
現在、「卒塔婆屋さん」で取り扱っている代表的な材質の特徴です。世界情勢や時期によって仕入れ状況は変動しますが、それぞれの特徴を活かした最適な製材を行っています。
| 樹種名 | 主な用途 | 白さ | 硬さ | 重さ | 主な産地 | 特徴 |
| 白松(ホワイトパイン) | 卒塔婆・神式塔婆・護摩木 | ★★★★★ | ★★★☆☆ | ★★☆☆☆ | ルーマニア、中国 | 非常に色が白く、軽いのが特徴。墨が引き立ち、持ったときの手触りも軽やかです。 |
| モミ | 卒塔婆・神式塔婆 | ★★★★☆ | ★★★★☆ | ★★★☆☆ | ドイツ | 仏事・神事に最も適した王道の伝統材。白松より若干重みがありますが、加工性・強度・墨のりのバランスが抜群です。 |
| スプルース | 卒塔婆・神式塔婆 | ★★★★☆ | ★★★☆☆ | ★★★☆☆ | オーストリア | 年輪の目が非常に細かく、楽器(ピアノ等)にも使われる高級材。脂(ヤニ)がほとんどなく無味無臭です。 |
| バルサムファー | 卒塔婆・角塔婆・木札 | ★★★☆☆ | ★★★★☆ | ★★★☆☆ | 北アメリカ | モミ属の仲間。ツガよりも色が白く、適度な硬さがあり、当店の角塔婆や墓標の主力となっています。 |
| ツガ | 角塔婆・墓標 | ★★☆☆☆ | ★★★★★ | ★★★★★ | カナダ | 非常に硬く、柾目が綺麗に揃う頑丈な木材です。重量があるため、板の卒塔婆ではなく大型の角材製品に最適です。 |
| ひのき | 特注の大型角塔婆 | ★★★★☆ | ★★★☆☆ | ★★★☆☆ | 日本(国産) | 日本が誇る高級木材。耐久性が極めて高く、特有の芳香があります。特注品として承っております。 |
| すぎ(多摩産) | 杉塔婆(環境配慮型) | ★☆☆☆☆ | ★☆☆☆☆ | ★☆☆☆☆ | 東京都多摩地区 | 地元・東京の山で育った杉。非常に軽く扱いやすいですが、赤白が混ざる「源平」のため見た目に個体差があります。 |
5. 材料調達の歴史と、これからの課題「多摩産杉」への挑戦
産地・日の出町とモミの木の歴史
「卒塔婆屋さん」の運営母体である有限会社谷治新太郎商店は、明治15年に創業しました。
当時、私たちの本拠地である東京都西多摩郡日の出町(旧・大久野村)は林業が盛んで、山には多くの「モミの木」が自生していました。しかしモミは柔らかく、家を支える建築資材としては使い道がなく、当時は持て余されていたのです。
そこで先代たちが「この白いモミの木で卒塔婆を作り、江戸の街へ売りに行ってみよう」と試みたところ、これが大ヒット。一大消費地である江戸(東京)に近く、材料が豊富だったことから日の出町は卒塔婆の一大産地となり、現在では全国シェアの約6割を日の出町ブランドが占めるまでになりました。
時代とともに変わる調達ルート
創業当時は自分たちの手で山からモミを切り出し、手ノコとノミで1丁ずつ手作りしていたため、1人1日100本が限界でした。戦後は機械化が進み、現在では1日5,000本を製造できる体制になっています。それに伴い、材料の調達先も以下のように変遷してきました。
- 戦前: 地元の山(日の出町・奥多摩・埼玉・山梨)
- 戦後: 南東北地方のモミ材
- 1990年代以降: 中国やヨーロッパ、北米からの輸入材へシフト
ウッドショックと「多摩産杉」への国産材回帰
現在、卒塔婆業界は2020年代以降の「ウッドショック」、ウクライナ情勢による物流混乱、そして急激な「円安」により、原材料費の高騰という大きな試練に直面しています。また、SDGsやカーボンニュートラルへの対応も急務です。
そこで今、私たちが力を入れているのが「多摩産杉(国産材)」への回帰です。
現在、地元・多摩の山では、戦後に植林された杉がちょうど伐採期(使い頃)を迎えています。これらを活用することには、多くのメリットがあります。
- 森林の循環と花粉対策: 樹齢を迎えた杉を伐採し、新しく植樹することで山が若返り、花粉問題の解決につながります。
- 圧倒的なCO2削減: 伐採から製材・加工までを「半径5km圏内」の地元で完結できるため、海外から船で運ぶ輸入材に比べ、輸送にかかるCO2を劇的にカットできます。
- 地域経済の活性化: 地元の木が動くことで、日本の林業従事者の処遇改善や山の維持につながります。
杉はモミに比べて「赤白の色ムラ(源平)」があるため、展示会ではお寺様から「理念には共感するけれど、見た目が……」と敬遠されることもまだ多いのが現状です。現在はまだ全体の1%未満の出荷量ですが、この環境価値や地域循環のストーリーを丁寧に伝え、未来のために一歩ずつ増やしていきたいと考えています。
6. まとめ
普段、何気なく文字を書き、お墓の後ろに建てられている卒塔婆。しかしその1枚1枚には、「木が山でどう育ったか」という大自然の記憶と、それを狂いなく仕立てる製材・木取りの高度な技術、そして江戸時代から続く職人たちの歴史が息づいています。
「卒塔婆屋さん」では、伝統的な先人の知恵を大切に守りながら、現代のウッドショックや環境問題にも適応した、お寺様に永く信頼される卒塔婆をお届けし続けます。
材質にこだわった特注品のご相談や、多摩産杉の取り組みについて詳しくお知りになりたいお寺様は、どうぞお気軽に当店まで下記公式LINEよりお問い合わせください。
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7. 卒塔婆の材質に関するよくある質問(FAQ)
Q. 通常の卒塔婆の注文で「材質の指定」ができないのはなぜですか?
A. 世界情勢による仕入れルートの変動に対応し、価格を安定させるためです。
現在、卒塔婆の原材料の9割以上は海外からの輸入材です。ウッドショックや為替の変動(円安)のなかでも、お寺様に安定した価格と確かな品質で供給し続けるため、その時期に最も状態の良い良材(モミ・白松・スプルース等)を厳選して製造しています。そのため通常品での樹種指定はご容赦いただいておりますが、どの材質であっても表面を滑らかに仕上げる加工(超仕上げ)を行い、高い品質を均一に保っています。なお、特注品(ひのき等)としての材質指定は個別に対応可能ですので、ぜひご相談ください。
Q. 多摩産杉の「杉塔婆」を使う実務上のメリットはありますか?
A. 「圧倒的な軽さ」により、長尺のものでもお寺様での取り回しや持ち運びが劇的に楽になります。
また、昨今お施主様の間でも環境意識(SDGs)が高まる中、「東京の豊かな山を守るために、地元の間伐材や国産材を使ったエコな卒塔婆でご供養いたします」というストーリーをお寺の新しい取り組みとしてお伝えできる点も、目に見えない大きな価値として喜ばれています。
この記事を書いた人
DAISUKE YAJI
谷治大典
代表取締役
プロフィール
1999年3月 筑波大学第一学群自然学類数学科卒業
1999年4月 株式会社セブン&アイHD入社
2011年10月 株式会社セブン&アイHD退社
2011年11月 有限会社谷治新太郎商店入社
2012年12月 有限会社谷治新太郎商店代表取締役就任
2019年 カラーミーショップ大賞2019にて地域賞(東京都)
2020年 カラーミーショップ大賞2020にて優秀賞
2023年 ネットショップグランプリにて特別賞授賞
2024年 次世代コマース大賞にて大賞授賞
義父・義母・妻・長男・長女・次女・猫3匹の大所帯
趣味はゴルフ、月1回はラウンドしています。
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